ニュージーランド在住で、日本人の石塚政秀氏(54)が所有する、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)が、鹿屋の空を里帰り飛行しました。

 

アメリカ人が所有するゼロ戦は、過去に日本の空を飛んだことがあったのですが、今回初めて、日本人が所有する機が飛んだということで、注目を浴びました。

 

写真や動画で見ましたが、型式はおそらく五四型?あるいは五ニ型かな?

とてもきれいに復元されていて、塗装も完璧に塗られてましたね。

 

今回の飛行では、鹿屋の自衛隊基地でテスト飛行を行い、鹿児島空港までを飛行したわけですが、この付近ってまさに、第二次大戦末期には、爆弾を抱えた特別攻撃機に仕立てられたゼロ戦が、たくさん飛んでいた地域なんでしょうか。

 

ただし、今回ゼロ戦を操縦したパイロットは、アメリカ人のスキップ・ホルム氏(72)。

ホルム氏は、レシプロ機で行うエアレースのパイロットだったそうで、操縦の方はお手の物なんでしょう。

 

ゼロ戦といえば、期待したのはやっぱり宙返りとか、捻り込みとか、インメルマンターンとか・・・(笑)。

そういった、ヒラヒラ感あふれる飛行を見たかったのですが、あまり操縦桿をグリグリやるような飛行はせずに、ほぼ水平飛行に徹していましたね。

 

やはり、機体が古いということで、大切に乗らなきゃならないからでしょうか。

急降下とかやったら、翼がもげちゃうかもしれませんしね。

 

見た目の復元力は大したもので、ゼロ戦大好きな筆者が見ても、全然おかしなところはなかったですし、油圧式の引き込み脚は、ちゃんと片方ずつ収納されるという、当時の日本の戦闘機の特徴がそのまま活かされていました。

 

あの片方ずつ収納される引き込み脚って、油圧の圧力が左右で違ってたから、どっちかが先にたたまれちゃうんだ、って元ゼロ戦のパイロットの手記に書かれてましたが、アメリカの飛行機のように電気式の引き込み脚じゃなかったから、ああいった現象が起きるそうです。

その偶然がまた、ゼロ戦の魅力になってるんですから、当時の欠点(?)が魅力になるんですから、わからないものです。

 

そういえば、筆者のおじいさん(とうの昔に亡くなりましたが)も、元海軍のパイロットで、特攻隊に志願したはいいが、乗る飛行機が無くて、搭乗機を待っている間に終戦になったと言ってましたね。

ゼロ戦に搭乗したという話は聞いたことないので、予科練を卒業したばかりだったのかもしれませんが。

 

 

次は、日本人パイロットに乗って欲しいですね。

できれば、元ゼロ戦のパイロット・・・年齢的にちょっと無理かな。

今のF-15とかに乗ってるパイロットって、ゼロ戦のような古い機体の操縦って、やっぱり勝手が違うから無理なんでしょうかね。

 

できることなら、今ある飛行可能なゼロ戦を世界中から集めて、編隊飛行を見てみたいものです。

 

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